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元彼に振られたばかりの朱美の自尊心はかなり傷つき、次の恋に踏み出す勇気などなかった。
韓流スターを追いかけるおばさんの立場だと自分に言い聞かせながら正宗の姿を目で追う。
それでも、落ち込んで眠れなそうな日には、彼の笑顔に癒されたくなる。
ある日の午後、契約を三件立て続けにとれたことで上機嫌だった朱美は、吸い寄せられるようにポットマムに向かった。
「いらっしゃいませ。あ、堺さん。こんな時間に珍しいですね」
「ええ、今日は3件も契約とれたので、景気づけに」
「ありがとうございます」
本当は上司に飲みに誘われていたのだが、断ったのだ。
朱美はどうしても、大金星を上げたこの日、正宗の笑顔を見たかった。
「ご注文は何になさいますか?」
「えっと、アルコールはありますか?」
「ええ、うちの店では午後六時からアルコールも注文いただけるシステムです」
営業ウーマンのくせに酒にはめっぽう弱い朱美だったが、何しろ気分が良かったので、正宗の素敵な笑顔を見ながらビールをぐいっとあおった。
そして、正宗が心配そうに様子を見に来るころには、朱美の記憶はあいまいになっていく……。
「オーナー、タクシー呼んだほうがいいですって」
女性の声が遠くから響く。
「そんなのいいって、このお客様は同じマンションのお隣さんなんだよ。管理人さんが常駐してるから、僕が責任持って送って行く」
「オーナー。何かあったら大変ですよ」
「大丈夫だって、君は店を閉めといてくれ」
オーナーと声をかける女の声にはすねたような響きが混じっていた。
この女もまた、正宗のファンなのだろう。
「困ったなぁ」
正宗に肩を抱かれてマンションの廊下を行く。
視界が揺れる。
「堺さん、起きてください。今日に限って管理人さんが……」
「ああ、すみません。鍵、あるんで」
よたよたと歩いてカバンを開けると、傾けたつもりはないのに中身が廊下に散らばってしまう。
「あれ、なんでだろう」
正宗は困ったような顔をしたまま朱美の部屋の鍵を見つけて鍵穴に差し込むと、カバンの中身をかき集めて立ち上がった朱美を抱き寄せた。
「え?」
ジェットコースターが落ちる瞬間のような無重力感が全身を包む。
なぜ正宗が朱美を抱きしめたのかわからない。
「じゃ、おやすみなさい」
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