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「世話、ではなく、話し相手ですか?」
「はい、うちの文鳥はトイレのしつけも済んでいるし、餌と水かえの手間もないので」
「ちょちょちょちょっと待ってください。文鳥って、トイレのしつけができるものなんですか?」
「ええ、うちの文鳥は普通の文鳥よりも少し賢いみたいで」
「はあ」
「もしよかったら、今日の夜うちに来て、文鳥の顔を見てやってくれませんか? 話し相手をしてくれるかどうかはその時決めてくれれば」
エレベーターが一階について扉が開いた。
「今夜は7時から家にいますので」
そう言って頭を下げた正宗は、小走りに駐車場へと消えていった。
朱美は正宗に言われた言葉の意味を飲み込めずに、とぼとぼと会社に向かって歩き出した。
「堺、昨日はよくやったな、今日はどうなってる?」
「午前中は内見が二件。午後は昨日のお客様の契約手続きとリフォーム業者との打ち合わせが入ってます」
「わかった。最近ツイてきたな。その調子で頑張れ」
気分屋でよく吠える上司の注意がほかの営業マンにそれたので、朱美は小さくため息をついて正宗の言葉を思い出した。
「トイレのしつけができた文鳥か」
「何?」
隣に立っている同期の小林紀香は朱美の小さな独り言を聞き逃さない。
「紀香今日忙しい? ランチ一緒にしない?」
「残念、今日は無理そう」
仕事の上ではライバルだが、紀香は朱美よりも恋愛偏差値が高いので頼りにしている。
相談するには一番の相手だと思ったのに残念だ。
朝のミーティングが終わった朱美は、物件の資料をまとめ始めた。
その日の午後二時。
本当ならポットマムにお詫びの品を持って出向いているはずだったが、午前の仕事が忙しかったので、朱美はコンビニのサンドイッチをデスクでほおばっていた。
「ただいま。今ランチ?」
事務所に戻ってきた紀香は上機嫌で、百貨店の紙袋を朱美のデスクに乗せる。
「これ、大家さんから差し入れ」
「どこの?」
「グランディール初穂」
「五○一決めたの?」
「楽勝だったよ、怖いくらい」
「そういう時は後からドタキャンとか、クレームとか」
「はいはい」
紀香はちょうど食べごろに溶けたハーゲンダッツをデスクに配り始めた。
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