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「あ、あたしチョコがいい」
「わがまま言わない!」
紀香はどしんと腰かけると、小さな声で朱美に言った。
「ねえ、今朝の何? 恋の悩み?」
紀香にはすべてお見通しのようだ。
朱美は菊田正宗という人物についての説明と、昨夜の出来事、そして今朝の会話の内容を早口で説明した。
すると紀香は話の途中から大げさにうなずき始め、会話が終わるころにはうなじをボリボリ掻きながら椅子にもたれてあくびをした。
「それさ、どう考えても冗談でしょ。笑ってあげなかったの?」
「冗談?」
「だから、文鳥の話し相手になってくれなんて、嘘に決まってるじゃない。文鳥が喋れるわけないんだから。どう考えても朱美を誘ってるのよ。しかも、超わかりやすく」
なんとなく予想していた答えではあった。
それでも、見た目も条件も良い正宗が、隣人に気安く手を出すようには思えなかった。
それに、一度朱美は、正宗が文鳥に話しかけた現場を盗み聞いていたのだ。
その話をしようとした時、気分屋の上司が出先から戻ってきた。
表情を見れば虫の居所が悪いかどうかわかる。
朱美はパソコンに手を出し、書類作りを始めた。
上司が不機嫌な日は、怒鳴り散らされないよう仕事に精が出る。
そのせいで早く仕事が片付き、朱美はいつもより早く事務所を出ていた。
帰り際にポットマムの従業員全員が食べれるくらい大きなタカセの詰め合わせを買って駅の地下をくぐる。
喧騒が少しづつ遠ざかっていき、自宅マンションは胸の高鳴りに合わせるようにどんどん巨大になっていく。
家に向かう道のりを、こんな気持ちで歩くことになるとは思わなかった。
時計を見ると八時だった。
シャワーを浴びて手土産を持って、深呼吸をして家を出る。
インターホンを鳴らそうとしたら、玄関付近で人の気配がした。
「わかったから、あの人ならきっと大丈夫だよ。一時間くらいで戻るからいい加減僕を信じてくれよ」
ガチャガチャ。
朱美の目の前でドアが開いた。
「あ、堺さん。ちょうどよかった。入って入って」
正宗は緊張して固まっている朱美の両肩に手をのせて、強引に家の中に招き入れた。
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