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薄暗い店のカウンターで、天使が通る静けさの中、彼女はグラスを上げ、
「チェイサーと同じものを一つ。」
静寂を切った。そして突然
「ねえ。どちらを選ぶ。」
「眼鏡があるの。かけると目の前の人の過去が覗ける眼鏡と、
未来が覗ける眼鏡。どちらをかける。」
彼女は正面をぼんやりと眺めながら、新しいグラスを傾けた。
僕は初めて投げかけられた質問を真摯に受け止め、頭の中で反芻した。
その人の過去か、未来か。
もう一度彼女の方に向きかえり、僕が覗いてみたいものを
思い描いてみた。過去か未来か。
どのくらい考えていただろう。誰にも急かされることなく、ゆっくりと考えてから
堰をきって声にしてみた。主語である『貴方の』を省くことに気を付けながら。
「もし、そんな不思議な眼鏡があるのなら、僕は・・・過去を見てみたいです。」
「・・・形成してきたものが何であるか。何を経験し、何に笑い、何に悩み涙したのか。
さらにその人を知るために、深く興味を持つためにその人を丸ごと知りたいです。」
僕はいつもより少し早口で紅潮した頬をお酒で胡麻化すため、手元のグラスを一気に開けた。
少し間をおいて、彼女は薄笑いを浮かべ小さく頷きながら
「そう。」
際して興味もなさそうに相槌をうった。
僕はもう一度彼女を凝視してみたが、沈黙の間、敗北感に打ちひしがれた。
そして、この店を出たら、2度目がないことを悟った。
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