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ep.1 ナイスブレス
タタンタタン…タタンタタン…
この電車に揺られているといつもキミを思い出す。
あの頃みたいに、胸が苦しくなる。
未練や後悔なんてこれっぽっちもないのに、不思議だな。
きっと私たちは、お互いにどこかの選択肢を間違えてしまっただけなんだと、今はそんな風に思ってる。
ねぇ?Aki……。
------20xx年 春------
タタンタタン…(ドゥドゥドゥダンッ!)
タタンタタン…(カカカジャーン!……いや、ちょっと違うな。)
満員電車での過ごし方はこれに限る。
何処からともなく聞こえてくる一定のリズムに合わせて、適当に脳内演奏して新しい曲を作っていく。
たった数分間の閃きを大事にしたい……と言ったらなんかカッコイイけど、本当は作曲してれば満員電車にイラつかないで済むんだよね。
しかし……
もう少しで斬新なリズムが生まれそうなのに、今日は後頭部でハァハァ言いながらスリスリと脚をさすってくるオニイサンのせいで、全くもって集中出来ない。
顔だけだったらそこそこ良いレベルのオニイサンなのに、こうなると残念通り越して無念だ。
私はゆっくーりと息を全部吐いてから、ヒュッと素早く息を吸った。
「触ってんじゃねぇよ!!!!!」
確実に両隣の車両にまで聞こえたはず。声の調子いいんだよね、最近。
オニイサンはどこにも逃げ場がないのに、すごい勢いで逃げようとしていた。人間って慌てると面白い動きするよね…。
でも、私の左手はがっちりとオニイサンの手首を掴んでいた。
(アコギのネックと同じくらいかな?どうでもいいか…アコギに失礼だな。)
くだらないことを考えていたら、近くからクックックッと笑い声がした。
声の主はオニイサンよりも10cm以上は背が高かった。拡張ピアスに学ラン姿からすると、たぶん高校生なんだろう。
「やっべー、笑い止まんないんだけど。お姉さんナイスブレス!!ぷっ…ククク。」
笑いながら、彼はオニイサンの襟首を引っ掴んでそのまま耳元で低く「逃げんなよ」とだけ囁いた。
オニイサンは諦めたのか怖気付いたのか、次の停車駅で私たちが駅員さんに引き渡すまで、借りてきた猫のように大人しかった……。
<next ep.2 the Spica >
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