運命という名のレール

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 敷居の高そうな料亭へと足を踏み入れ、高鳴る鼓動を抑えながらイケメンを待つ。  落ち着け、落ち着くのよ、玉子!  名前のせいで、碌な人生を歩めなかったじゃない。  このお見合い……間違えた。この接待で、幸せを掴むのよ!  拳を握りしめ、天を仰ぐ。 「大丈夫……私なら出来るわ!」 「あの……」 「えっ?」  振り向くと、イケメンが立っていた。  自分の世界に入り過ぎていたのか? まさか、ここまで接近を許すとは…… 「あああ……あの、えっと……」 「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」  取り乱す私に向かって、屈託の無い顔で微笑むイケメン。  一瞬で心を奪われた。  この人と結婚したい。  でも、私には名前という最大の難関が待っている。 「あの……野里と申します……」  名刺を渡す時に、必死で玉子という文字を親指で隠す。 「ご丁寧に、有難う御座います」  奇跡が起きた。  私の名前を見ても笑わない。それどころか、表情すら変えない。  こんな事は初めてだ。  過去に名刺を受け取った人は、笑うか、笑いを我慢するかの二択だった……やはり、今日は人生最良の日だ。  私には赤い糸が見える。  間違いなく運命の出会いだ。  この人と幸せな家庭を築いて行こう。 「あの……野里さん?」 「はひぃ!」  しまった。またもや自分の世界に入り込んでいた。 「申し遅れました……」  イケメンが名刺を差し出してくる。  受け取る際に触れる親指……心臓が破裂しそうなくらい高鳴る。 「あっ、有難う御座います! えっと……くてさん?」  名刺には、久手 正弘と書かれていた。 「久手と書いて、ぐでと読みます。ははっ、珍しい苗字ですよね」  ……  ……  ぐ……で?  つまり、この人と結婚したら…… 「キャア―!!!」  運命という言葉が、頭の中を駆け巡る。  奇声とも呼べる悲鳴を上げ、私は気絶した……  【完】
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