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名前
壁にかけられた木の形の時計が、カチコチと規則正しく時を刻む。針は7時を指している。窓の外ももうすっかり暗くなっていた。何となく居心地がわるく、一口また一口と、紅茶を飲む。
かれこれもう30分はこの状態だ。
森を抜け、クロとともにこの家に舞い戻った私は、ロルの姿を見つけるとすぐに謝罪をした。再会するなり頭を下げる私にロルは少し戸惑っていたようだが、快く再び家の中に迎え入れてくれた。数時間前と変わらない柔らかな微笑みに安心した私は、今までのことを全てロルに話し、もう一度この国についての説明を乞うことにした。
そして今。すでに全てを話し終えている私は、四角いテーブルの向かい側をちらりと見た。ロルは静かに紅茶をすすり、何かを考えている様子だ。その横ではクロが暇そうに欠伸をしている。どうやらカップの紅茶はもう飲み干してしまったらしい。私の紅茶も残り少なくなってきた。さすがに沈黙に耐えきれなくなった頃、ロルが「それにしても」と口を開いた。
「私が、頭のおかしい人、ですか…」
クロがぷっと吹き出した。
ようやく出た言葉がそれかと、私は少し肩を落とす。しかしながら心底悲しそうなその声色に胸が痛み、思わず「すみません」と謝った。クロは楽しそうに声を上げて笑っている。それをロルが冷たい目で睨む。すると笑い声は「んんっ」という小さな咳払いに変わった。
「まあ、とにかく。さっき言ったようにこの子自分の名前がわからないんだ。それに、おとぎの国のことも」
本当になぁんにもね、と頬杖をつきながらクロが私を見やる。その視線から逃れるように私は目線を下げた。
「私、帰れるんでしょうか…」
独り言のような私の問いかけに、ロルとクロは困ったように顔を見合わせた。しばし沈黙が流れる。するとクロが「あー、えっとね?」と決まり悪そうに目を逸らしながら口を開いた。
「あの君は、その、何て言うか…」
そこでまた口を閉じる。その煮え切らない様子にロルは小さく溜息をつくと、クロを手で制した。
「落ち着いて聞いてください」
ロルは静かな声でそう言うと、私の目をじっと見つめた。相変わらず口元には微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと「名前は」と話し出す。
「名前はその人そのものを表しています。その人の性格や境遇、歩んできた人生なども全て」
いきなり何の話だろうか。訝しげに見つめる私にロルは表情も変えずに続ける。
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