おとぎの国

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「はぁはぁ…」 静かな森に私の呼吸と木々をかき分ける音が響く。こんなに走ったのはいつぶりだろうか。息が上がり、心臓は激しく脈打っている。 「なんで、こんなことに…」 ほとんど吐息のような声で呟きながら、私はつい数時間前までの出来事を思い出していた。 ◯ 「ここはお伽話の登場人物が暮らす、おとぎの国なんです」 目の前の人が私のことを思って真剣に伝えようとするなら、それはきっと真実で、私も理解しなければならないのだと思っていた。 たとえそれがどんなに信じ難いことでも、真剣に向き合わなければならないと、そう思っていた。 しかし「おとぎの国」という、私の持つ常識の範囲を軽々と飛び越えたその言葉は、あまりに現実味がなく、ふわふわと空を泳ぐ雲のように掴みどころのないもので、からかわれているとしか思えなかった。 ロルは銀色の目を伏せ、落ちたカップを拾う。 「すみません。いきなりこんなこと…信じられませんよね…」 幸いカップに紅茶はあまり入っておらず被害は少なく済んだが、とても申し訳ないことをしてしまったことに気づき、とっさに謝った。 「ご、ごめんなさい」 「いえ、私が悪いんです。もっとわかりやすくていい伝え方があったのかもしれませんし…信じられないのも無理ありません」 ロルは少し困ったように肩をすくめた。 落としてしまったカップについて謝ったのだが、少し違う意味に捉えられたらしい。 ーーおとぎの国 一体目の前のこの人は何を言っているのだろう。私は確かめるようにもう一度、ロルを見つめる。仮に、もし本当にお伽話の国だと言うならば、ロルの人間離れした容姿やこの可愛らしい家も、納得できなくもない。 しかしいきなり「ここはおとぎの国です」と言われて信じる人がいるだろうか。大抵はただの冗談か、もしくは目の前の人は頭がおかしいのだと思うだろう。だがロルはとても嘘をついているようには見えない。 ということは、後者だろう。 ロルと名乗るこの人はきっと頭がおかしい。この格好もコスプレかなにかなのだろう。 そもそも私が倒れていたということも疑わしい。もしかしたらどこかから攫ってこられ、ここに監禁するつもりなのかもしれない。 「あの、眉間にどんどん皺がよっていくのですが…大丈夫ですか?まだどこか具合がおかしいとか…」
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