2人が本棚に入れています
本棚に追加
「はぁはぁ…」
静かな森に私の呼吸と木々をかき分ける音が響く。こんなに走ったのはいつぶりだろうか。息が上がり、心臓は激しく脈打っている。
「なんで、こんなことに…」
ほとんど吐息のような声で呟きながら、私はつい数時間前までの出来事を思い出していた。
◯
「ここはお伽話の登場人物が暮らす、おとぎの国なんです」
目の前の人が私のことを思って真剣に伝えようとするなら、それはきっと真実で、私も理解しなければならないのだと思っていた。
たとえそれがどんなに信じ難いことでも、真剣に向き合わなければならないと、そう思っていた。
しかし「おとぎの国」という、私の持つ常識の範囲を軽々と飛び越えたその言葉は、あまりに現実味がなく、ふわふわと空を泳ぐ雲のように掴みどころのないもので、からかわれているとしか思えなかった。
ロルは銀色の目を伏せ、落ちたカップを拾う。
「すみません。いきなりこんなこと…信じられませんよね…」
幸いカップに紅茶はあまり入っておらず被害は少なく済んだが、とても申し訳ないことをしてしまったことに気づき、とっさに謝った。
「ご、ごめんなさい」
「いえ、私が悪いんです。もっとわかりやすくていい伝え方があったのかもしれませんし…信じられないのも無理ありません」
ロルは少し困ったように肩をすくめた。
落としてしまったカップについて謝ったのだが、少し違う意味に捉えられたらしい。
ーーおとぎの国
一体目の前のこの人は何を言っているのだろう。私は確かめるようにもう一度、ロルを見つめる。仮に、もし本当にお伽話の国だと言うならば、ロルの人間離れした容姿やこの可愛らしい家も、納得できなくもない。
しかしいきなり「ここはおとぎの国です」と言われて信じる人がいるだろうか。大抵はただの冗談か、もしくは目の前の人は頭がおかしいのだと思うだろう。だがロルはとても嘘をついているようには見えない。
ということは、後者だろう。
ロルと名乗るこの人はきっと頭がおかしい。この格好もコスプレかなにかなのだろう。
そもそも私が倒れていたということも疑わしい。もしかしたらどこかから攫ってこられ、ここに監禁するつもりなのかもしれない。
「あの、眉間にどんどん皺がよっていくのですが…大丈夫ですか?まだどこか具合がおかしいとか…」
最初のコメントを投稿しよう!