名前

8/8
前へ
/36ページ
次へ
あまりに突然のことに返事が出来ない。 「いいじゃん。名前を思い出すまで、さ。ねえロル、いいよね?」 「ええ、大歓迎ですよ」 「じゃ、決まりね」 「え、でも」 「名前さえ思い出せれば、帰り道もわかりますよ」 「そうそう。それにどうせ行く当てもないんだし」 まだ返事もしていない私を置いて話はどんどん進んでいく。 たしかにこのまま外に放り出さたら、私は路頭に迷うだろう。しかしこの家に住む?そんな簡単に決めてしまっていいのだろうか。 思い悩む私をよそに、2人の会話は、私の部屋や布団の話を終え、次はお風呂の順番をどうするかに進んでいた。 「あ、あの、私…」 「ねぇ、君、一番風呂じゃないと入れない人?」 「へ?ううん、大丈夫だけど…」 「そ。じゃあロル、やっぱりジャンケンだよ」 「レディファーストがいいかと思ったんですがねぇ」 住まない、とはとてもじゃないが言い出せない雰囲気だった。 しかしよくよく考えてみると、本当にこの国で私は、この人たち以外に頼れる人はいないのだ。 私は覚悟を決め、すうっと息を吸った。 そしてお腹の底から声を出す。 「ロル!!クロ!!」 ピタリと会話をやめた2人の視線が、私に集中する。 「ふ、不束者ですが!どうぞこれからよろしくお願いします!!」 部屋中に響き渡ったその声に、2人は同時にぷっと吹き出すと楽しそうに笑った。 「嫁入りじゃないんだから!」 「こちらこそ、お願いします」 つられて思わず私も笑った。 ああ、上手くやっていけそうだ。 2人の笑顔を見ながら、私はこれからのここでの生活にほんの少し、胸を躍らせた。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加