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確かに落下したはずなのに、衝撃がない。
周りの悲鳴は完全に消えた。
もしかしたらあまりに頭を強く打ち、自覚がないまま死んでしまったのだろうか。
目を開けたらお花畑が広がり、川があるのかもしれない。
もしくはついに空を飛ぶことに成功したのだろうか。
だとすればやはり高い所から飛び降りることが成功への鍵だったということになる。あの頃の私に教えてやらなくてはならない。
とにかく、今は早く目を開けなくては。
様々な思考を巡らせながら、私は目を開く。
しかし一向に開かない。いや、目は開いているはずなのに目の前が真っ暗なままなのだ。
そしてようやく自分が暗闇にいることに気づいた。
音もなく、光もない。
自分が立っているのか、座っているのかということすらわからない。
「あなたは誰?」
突然、何者かの声が静寂を切り裂いた。
とてもか細い声だったが、この空間で私の鼓膜を震わせるには十分すぎるくらいだった。
「あなたは誰?」
声は繰り返す。
声の主は見えないが、私に聞いているのだろう。ということは、向こうには私が見えているのだろうか。
しかし、あなたは誰?人に誰かと尋ねるのならまずは自分が名乗るべきではないのか。
無機質で何の感情も読み取れないその声に、私は少し腹を立てた。
「あなたこそ誰?ここはどこなの?」
暗闇に私の声が反響する。
少し間を空けて、また声は繰り返す。
「あなたは誰?」
埒があかない。
私は諦めて深く息を吐いた。
「あなたは誰?」
「わかったわよ。私は…」
そこまで言って答えに詰まった。
「私は…」
次の言葉が出てこない。今まで何千回と名乗ってきたはずが、どうしても出てこなかった。
声はさらに繰り返す。
「あなたは誰?」
「私は…私の名前は…」
「あなたは誰?」
思い出そうとするけれどまるで頭にもやがかかったみたいで、全く思い出せない。だんだん意識が遠のいていく。
「あなたは誰?」
それを最後に、私は意識を手放した。
無機質だったその声は、今にも泣き出しそうに震え、まるで縋るような声になっていた。
ー 私は、誰だっけ。
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