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「私がまともだったら、たくみを引き取れたのでしょうか」
一度だけ、そんな呟きを聞いたことがあった。
区役所の福祉課で『女性センター』担当の倉田さんから、たくみ君の養子縁組が決まった、と報告を受けた時だ。
『養子縁組の話が持ち上がった時、あなたはまだセンターにいたし、DIDの治療中だったから、【親権停止】の決定が下されたの』
めぐみさんは、何の反論もしなかった。
ただ目を伏せて、唇は隙間なく閉じられていた。
深い深い穴の中、手の届かない穴の中に入ってしまったみたいに、めぐみさんの全身から『孤独』を感じた。
「また来るわね」と席を立った倉田さんの言葉に顔を上げたけれど、その瞳が何を映していたのか、私にはわからなかった。
そしてそれから1週間後、めぐみさんは親権を放棄する書類にサインした。
「それが、たくみの幸せ……」
涙と一緒にポツリと零した言葉を前にして、思わずめぐみさんの手を握っていた。
「一緒に暮らしましょう! そうしましょう!」
勢いに任せてそう言いきって、戸惑うめぐみさんが首を動かすやいなや、さっさと倉田さんに話を付けてしまった。
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