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闇が空を覆い始めていた。村にある家は木製のものや、加工した石でできている。それら家々の前には背の高い松明が置かれており、火が点き始めていた。夕食の準備も始まり、漂う匂いがアヴァの鼻孔をくすぐった。
「じゃあね、オッド。また明日!」
「うん。また明日」
アヴァの家の前で別れを交わし、アヴァは手を振りながら走り去るオッドを見送ってから家の中に入った。
「ただいま!」
「おかえり、アヴァ。もうすぐ2人も帰ってくるわね」
台所で鍋の中身をかき混ぜている母親の背中に、アヴァは声を掛ける。
「あのね、お母様。わたし、大きくなったらオッドとケッコンするかもしれないの」
「あら、そうなの? それは楽しみね」
「楽しみなの? わたし、まだオッドよりもお母様と一緒にいたいのに」
「ありがとう、アヴァ。そうね、まだしばらくはお母様と一緒よ」
「良かった!」
母親に抱きついたアヴァは、まだ幼かった。恋を知らない彼女は、好きという感情の違いもわかってはいない。
「ほら、アヴァ。嬉しいけれど、それじゃ動けないわ。少し離れていてね」
「うん」
アヴァは丸椅子の上に座り、母親の様子を眺めてみる。アヴァと同じ金髪で、後髪は編んでおさげになっている。そのおさげが、動く度に揺れていて、アヴァはそれに合わせて首を振っていた。
「ただいま」
「ただいまー」
そうしていると、よく通る低い声と、疲れた声が聞こえてきた。
「おかえりなさい。お父様、お兄様」
「2人ともおかえりなさい」
アヴァの父は白髪混じりの黒髪に長身、眼光は鋭い。肌にぴったりとした黒シャツの上に黒い外套を羽織っており、シャツ越しにも鍛えられた肉体がわかる。
一方で兄はそこまで高身長ではなく、光の強い目に茶混じりの黒髪を持っていた。白いワイシャツは前のボタンが開いており、ところどころ汗で濡れている。シャツからは最近つき始めた腹筋が見え、羽織っていたはずのコートは腰に巻かれていた。
「お兄様、今日も勝てなかったの?」
「まだ全然だめだよ。剣術も習いたてだし、父さんは手加減してくれないしさ」
「私はブラムに早く強くなってもらいたいからな。手加減をするつもりはないぞ」
ブラムというのが、アヴァの兄の名前だった。ブラムを見下ろすアヴァの父の瞳には、鋭さの中にも穏やかさが見て取れた。
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