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「それは、本人に聞いてみないことには分からない。でも、全く記憶が無いと言って欲しい気分なのは確かだね。自ら記憶から消したというよりは、まだそっちの方がマシだよ」
すると男性が車に乗り込もうとしていた。気づいた二人は慌てて男性のもとに駆け寄る。急に現れた青年と高校生らしき女の子。男性は不審者を見るような目を向け、怪訝な顔である。こういう顔をされるのはいつものことなので、結はもう慣れてしまった。シキの方はきっと何も感じていないはず。
シキはいつも通りの笑みで自己紹介を始めた。結はこういう時、一歩下がってその様子を見守ることにしている。なんだかんだで、一番変な存在は結なのである。だから聞かれた時だけ答えるようにしている。面倒なことはなるべく少ないほうがいい。
「私は黒崎シキと言います。探偵をしておりまして。風間春彦さんですよね?」
「……そうだけど、何か用なの?」
「えぇ、もちろん。矢野幸子さんのこと、ご存知ですよね?」
幸子の名が出た途端、風間の顔が変わった。狼狽が目に現れ、それを必死で隠そうとしているのが、傍からでもよく分かった。少し青ざめた表情の風間は、すぐに二人に背を向け車に乗り込もうとする。
「そんな人は知らない!」
そう吐き捨て、車の運転席に足をかけた風間。だがすぐに、その背中にシキの言葉が降り注ぐ。
「本当に知りません?二年前、あなたと心中した相手ですよ。結果として、あなたは生き延びてしまったようですが」
ゆっくりと振り返る風間の顔は、驚きでいっぱいだった。どうして知っているんだと、その顔は物語っていた。誰も知らない、自分しか知らないことを知っている目の前の二人。それは驚きから恐怖へと変えさせる。
唇をわなわな震わせ青ざめる風間。彼は決して忘れてはいなかったのだ。それはそれで、結たちには残酷な事実であった。
沈痛な表情のシキは、風間に問いかけた。それは今回の事件がこうなってしまったことの一番の原因について。
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