第二話 骨まで愛して

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「どうして逃げたんですか?あなたがあのとき逃げなかったら、ここまで悲惨な事件にはならなかった。あのときは恐怖や混乱で逃げてしまった、それはわかります。でもあなたは今まで、いやきっとばれなかったら、いつまでも口をつぐんでいたはずです。誰も見つけてくれない、そんな矢野さんの気持ちがあなたには分からないんですか?それにあなたは、人ひとりの命を奪っているんですよ」  怒りのシキは、風間に厳しい目を向ける。それは結も同じで、怒りと悲しみで胸が張り裂けそうだった。重苦しい空気がその場を占め、空に浮かびさんさんと光る太陽が忌まわしくなる。  風間の肩は小刻みに揺れていた。それはいったい、どの感情から来ているのか。後悔であってほしいと結は思うが、そう簡単ではないとも思う。風間は決して良い人では無い。自己中心的な人物であるのは明らかだった。この結の嫌な予感は、悲しいかな的中してしまう。 「後悔してるよ、どうしてあんなことをしたのか。今思うと、あのときの俺は普通じゃなかったんだ。人生どん底、何をしても上手くいかない。誰だって死にたくもなるさ」 「そんなあなたを、幸子さんは励ましたりしてくれたんじゃないんですか?」 「そうだよ。でも彼女も俺と同じ死にたがりだった。俺たちは励まし合いながらも、死に向かっていったんだ。死ぬことで救われると思っていたんだよ、あのときは」 「それであの心中事件が起きた……彼女のことは好きではなかったんですか?」 「今となったらわからない。一時の感情だったのかもしれないな」  風間が自分の両手のひらを見つめる。あの時のことが鮮明によみがえってきていた。ナイフが腹にめり込む感覚。肉を刺す感覚と血の臭い。彼女の顔とうめき声。全てが、彼の脳裏によみがえってくる。体が震え出すのを感じながら、風間はあの日を語る。 「あの洋館で、お互い向き合いナイフを手に持った。そして目をつぶり、せぇいのって合図を出して、腹めがけてナイフを突き出したんだ。俺は彼女の腹を刺したが、彼女は力がなかったのか上手く刺さらなかった。苦しそうな声を上げ、倒れる彼女を俺は見た。手には血に濡れたナイフ、彼女の腹が血でだんだんと染まっていく。俺は、そのとき我に返ったんだ。死は救いなんかじゃなかったって」
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