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だが、光流の表情が余りに・・・今まで見たことがない位鬼気迫るものであった為か、口に出しかけていた文句を飲み込むと、渋々引き下がった。
「あら、楓ちゃんまで、エンガルを見捨てるんですかぁ・・・?お二人とも、本当に酷い人達ですねぇ・・・」
虚な、光の一切宿らない瞳でそう言うと、何がおかしいのか、口許に手を当てくすくす笑い出す華恵。
血の気の引いた青ざめた表情でそんな華恵を見つめながら、光流はあることを思い出していた。
(エンガル・・・そう言えば、前に徳永から聞いたことがあるな・・・)
楓が覚えているかは定かではないが、光流はエンガルという名前に聞き覚えがある。
それは
(確か、あの事故で死んだ犬の名前じゃなかったか・・・・・・)
そうーー実は奇しくも一年前、光流と家族が交通事故に遇ったあの日、あの時、全く同じ時刻に全く違う場所で華恵も酷い交通事故に遇い、祖母と・・・彼女を庇った愛犬を亡くしているのだ。
その、彼女を身を挺して庇った犬の名前こそが
「・・・エンガル」
華恵の事故やエンガルについて思い至った光流が、ぼそりと小さく口に出す。
すると、それが聞こえたのか、華恵はゆっくりと口許に形の良い三日月を描き、にたりと笑みを浮かべた。
開け放たれたままの廊下の窓から冷たい風が吹き抜け、華恵の柔らかで長い髪を揺らしていく。
その刹那ーー風で前髪が靡いた瞬間、光流は確かに見た。
華恵のその額に、未だくっきりと真紅の大きな傷跡が残されているのを。
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