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降り積もったばかりの新雪の様に白い華恵の肌。
そこにはっきりと残る傷痕は、まるで雪の上に舞い落ちた一片ひとひらの紅い椿の花弁の様に鮮やかにーー痛々しく、且つ、どこか毒々しく、見る者の目を惹き付ける。
華恵は、とても愛おしそうに右腕にあの薄汚れた犬のぬいぐるみを抱くと、反対側の手で傷痕に触れながら呟いた。
「ねぇ、こんなの不公平だと思いません?お祖母様も、エンガルも、本当はもっと生きたかった筈なんです」
『コンナノ フコウヘイジャナイ
ナゼ ワタシガ シナナケレバナラナイノ』
まるでテレビの二か国語の放送を見ている時の様に、華恵の声に重なる様に別の誰かの声が、同時に光流の頭に響く。
幼くも毒と害意を秘めたこの声は、声の主の姿こそ見えないけれど、間違いなく先程光流に『サワルナ』と告げたあの声の主が発したものに相違ないだろう。
声が秘める悪意から楓を遠ざける様に、彼女の前に立つ光流。
楓も事態と友人の異常に気付いたのか、やや青い顔をしながら光流の後ろでじっと大人しくしている。
すると、華恵はそんな二人に視線を合わせ、暫しじっと見詰めるとーー不意に満面の笑みを浮かべ、まるで『閃いた!』とでもいう様に胸元で両手をぽんっと打ち合わせた。
「そうだ!ね、光流くん?楓ちゃん?お祖母様とエンガルの為に、その体くれませんか?」
朗らかな笑顔とはかけ離れた凶悪な台詞に、暫しその意図が掴めず光流と楓はぽかんと華恵を見詰める。
だが、華恵の言葉が含んだ真の意図を理解した瞬間、二人共色を失うと同時に、彼女から出来るだけ距離を取る様じりじりと後退を開始した。
すると、華恵は何故二人が逃げようとするのか分からないとでも言う様に、酷く愛らしい仕草で小首を傾げると、口許に人差し指を添え、何やら考え事を始める。
「おかしいですねぇ。楓ちゃんは兎も角、光流くんは何で逃げるのでしょう?」
光流は、緊急時だというのに、心の中で(いやそりゃ逃げるに決まってるだろ!)とつい突っ込む。
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