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大地を轟かすほどの悲鳴が大気をつんざき村中に鳴り響いた。「それ」から遠くに距離を取り耳栓をしている俺にもその振動が肌で感じられる。
伝承のみに伝えるその悲鳴。直に聞いてしまったらどうなっていただろう。
なんて。
考えるまでもない。
僕に向かって駆け出してきた飼犬が突然怯えたように吠え始めたかと思えばその場でぐるぐると廻りだし、泡を吹いて目をひん剥いて倒れたのだ。
耳栓がなければ僕もああなっていただろう。
犬だけではない。きっと村のあちこちで同じようなことが起こっているはずだった。
何故こんなものがこの村に現れたのかは分からない。
「それ」は突然村の真ん中に現れた。そして俺だけが「それ」がなにであるかに気がついた。
伝承が本当であるならば誰か不道徳な者がこの村にいたということだろう。
振動が収まった。
「それ」が力尽きたのだ。
僕は耳栓を外し、様子を見に行った。
土に塗れたままの「それ」は醜かった。
「それ」をそのまま放置し、僕は村外れの家へ帰った。道すがら畑や窓の内側に人が倒れているのが見える。
家に着き、ポットを火にかけお茶を入れる。
僕はやっと訪れた村の静寂に息をついた。
犬は残念だ。
せっかく僕に懐いていたのに。
けれどその悲しみ以上に僕は明日から静かで落ち着いた生活が始まることにこの上ない喜びを感じていた。
【終】
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