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恐る恐る。何故か忍び足で玄関まで行って覗き穴を覗くと。そこには女性。隣人が立っていた。寒そうに肩をすくめている。
そんなのを見せられたら開錠しないわけにはいかなかった。扉を開けないわけには、いかなかった。
「……えっと……」
茶色のショートカット。悪い目つき。……どこか男性にも見える、中性的で気の強そうな女性。
「隣の、大津 歩……です」
「へ……?」
俺の口から出るのは気の抜けたような音だけ。もはや空気が漏れただけのような声。
「えっと……いつもうるさくて迷惑かけてるんじゃないかなって」
そんな俺の間抜けな応答など意に介さず、彼女は続ける。
「俺、ゲームが趣味で。いつも独り言言いながらやってるから……。それに一昨日もゲームで死んじゃった時に変な叫び声あげちゃって……えと、大事な試合だったから……」
女性らしくはないが、妙に彼女らしい一人称で。唖然とする俺を置き去りにする。
「いや、あの、それだけだから! じゃ、じゃあこれでっ」
俺の部屋の玄関扉なのに。彼女は無理やりそれを閉めて俺との距離を遮った。すぐ隣で玄関扉が閉まった音が聞こえた。
俺はその場に立ち尽くしたまま、動けなかった。
背後のPCで音が鳴った。ポンッ、と。
頭の中がごちゃごちゃに混乱してしまっている。何が何だがわからない。が、しかし何とか脚は動くようになった。
玄関に背を向けてふらふらと居間へと戻る。
――――世の中つまらないと思っていた。
――――だから俺もつまらない、こんな陰鬱になった、と。
――――奇跡なんて起こらない、と。
――――思っていた。
俺はやっとのことでPCの前に辿りついた。
メッセージが一つ。
―――― ayumu00 『これは奇跡か?』
これに応えられる言葉を、俺は持ち合わせていなかった。だから、いくつもの意味を込めて。
たった三文字を送った。
―――― Higuma831『まじか』
世の中、一歩踏み出せば奇跡はあった。
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