現実

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 世の中、そうそう簡単に奇跡は起きないと。気が付いてしまったのはいつの頃だったか。中学生の時はライトノベルにはまっていた時期で、それに憧れて奇跡的な人生を望んでいた気がする。とすると多分、俺がこんなつまらない人間になったのは高校生の頃か。  昔のことを思いだそうとすると、決まってその記憶の背景は灰色で。とても寒そうだ。  きっかけなんて無い。むしろ何もきっかけが無かったから俺はこんなことになっているんだろう。  いわゆる陰キャラ。オタクというわけではないけれど、その場の賑やかな部位になれない中途半端な人間。つまらない大学生、それが俺。  俺を収容しているのは家賃六万円ちょっとの1R。壁は薄い。もちろん、誰かを招くことなんてないから散らかり放題。  隣の部屋に住んでいる女の人とは大違いだ。毎日誰かを自室に呼んでいるのか、薄い壁を伝う声はくぐもった卑屈感となって俺を責める。  ……こいつのせいで、昨日はネットゲームのランク昇格戦に敗北してしまったのだ。昨日のことを思いだし、俺はため息をついたが。その気の抜けた音が壁を叩くことはなかった。  俺は今日も大人しくPCへと向かう。  ―――― Higuma831 がログインしました――――  電子の文字がお出迎え。『Higuma831』とは俺のユーザーネームだ。北海道でヒグマが畑を荒らしている、というニュースを見ながらユーザーアカウントを作ったのだ。  と、ポンッと。軽い音が弾んでチャットアプリが通知をよこした。俺にメッセージを寄越すのは一人しかいない。  ―――― ayumu00『よお、来たか。早速やろうぜ』  あゆむ、今ではただ一人だけかもしれない俺の友達。ゲームを通じて作った、いわゆるネット友達である。  ―――― Higuma831『おう。……昨日は悪かったな、俺のせいで負けちゃって』  あゆむとグループを組んでゲームマッチングがスタートしたのを見ながら、俺はキーボードをカチャカチャと叩いた。すぐに返事が来る。  ―――― ayumu00『それはもういいつっただろ。俺も普通にやられちまったんだし』  あゆむはさばさばとしたいいやつだ。きっとリアルでは友達沢山なんだろうな、と。ぴりりと痛感する。
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