現実

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 試合が始まり、俺の意識は兵士となって戦場を駆ける。隣にはあゆむ。  普通ならば文字でのチャットではなく、ボイスチャットを使ったほうがゲーム内の連携が取れていいのだが。しかしそれが無くてもあゆむの腕は信頼できるし、俺たちは確かな戦績を残せてきている。  そしてこの試合も『Win』の文字を迎えることができた。次の試合の前に小休憩。ポンッ、とメッセージが来た。  ―――― ayumu00『おつかれ。なんかいつもより動きが悪かったけどどうかしたか?』  何気なく、といった風に送られてきたあゆむのメッセージに俺は驚かされた。  (なんでわかんだよ、すげえな)  たしかに、俺は今悩み事を抱えている。それはつい昨日のことに起因する。そう、ランク昇格戦のことだ。  このゲームのランクマッチでは、下から上まで五段階のランクが設けられている。昨日の試合は、俺たちが身を置くランクの一つ上への昇格をかけた一勝負だったのだ。昨日のチャンスを逃したことにより、次のランクは少し遠くなってしまったのだ。  それほどに大事な試合だったのだ。  別に、それを逃してしまったことを気に病んでいるのではない。そんな大事な試合を逃した原因の一つでもある、隣人の騒音に何も言えない自分を恥じているのだ。  ―――― Higuma831『よくわかるな。……俺ってチキンなんだよ』  あゆむとネットで出会ってだいたい一年。それだけの時間は、思わず悩みを打ち明けてしまうことの言い訳に足るだろうか。  隣人がうるさいが怖くて言えない、なんて。普通だったら相談できない。少なくとも俺は、だが。  しかし、あゆむには何の躊躇もなく打ち明けてしまう自分がここには居た。  昨日の試合で負けた理由も含めて。俺はキーボードをたたいてエンターキーを押す繰り返しを何回も続けた。  俺は世間で言う”陰キャラ”。大学でもほとんど友人を作らず、家に帰ってもPCに向かってゲームばかり。  そうなった理由に、人生はつまらないから、なんて言い訳をしてみてもやはり虚しいだけだ。しかし、それが事実なのだ。俺が期待した”奇跡”なんて起こるはずがないし、だからこそ世の中はつまらない。俺もつまらない。ゲームの方がよほども楽しい。  それがここにきて、まさか悩みになるとは思わなかった。
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