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後ろを歩いていた一人が少年に声を掛けた。
「おい、源作。何だこの屋敷は」
「へい、申し訳ねえですが・・・おらも初めて目にしますもんで・・・」
「ここらは庭のようなものだと申しておったではないか」
「へい・・左様でごぜえます。しかし・・こんな屋敷ちょっと前には・・・」
源作と呼ばれた少年が首を傾げるのを見て、侍たちは思案顔になった。ここが敵の拠点という事はあるまいが、もし多数の敵が潜んでいたらあっという間に屍を晒すことになる。しかしそうでないのなら、ここで一晩過ごすのに躊躇う事などない。敵は無論のこと、熊や狼がいる山で野宿は避けるにこしたことは無い。手傷を負っていれば尚更だ。
万一敵兵に囲まれるという事があるかも知れないが、ここは御領内でしかも今度のは勝ち戦だ。本隊からはぐれたとは言え、仲間もうろつくこの山で多数の敵に囲まれる可能性は低い。いざと言う時はここで籠城を決め込めばよいのだ。
侍の一人、早良万太郎が屋敷の周囲を忍び足で巡り始めた。やがて一周して戻ってきた早良が皆に報告する。
「物音も人の話し声も聞こえませぬ。木によじ登って眺めれば何か見えるやも知れませぬが・・」
促された源作が近くの高木によじ登った。やがてするすると降りて来て不思議そうに言う。
「誰もいねえようです・・・ただ・・・」
「何だ」
「蝶が飛んでおりやした」
ハッ、と侍の一人が馬鹿にしたように声を上げた。
「蝶だと? それがどうしたというのだ」
「へい・・このような季節に蝶など、聞いたこともございません。それが薄気味悪くて・・」
「蝶が怖くて戦が出来るか」
別の一人が鼻で笑って源作の言葉を一蹴した。
「もうよい」
もう一人の侍──秋月左門が門の前で大声を上げる。
「頼もう!!」
そう声を上げた途端、秋月が名乗りを上げるよりも先に、ゴゴゴゴと重い響きを立てながら扉が開いていった。皆固まったようにじっとして、扉の奥にいるはずの人物を確かめようと前方を凝視した。しかし、開ききった扉の向こうには屋敷の玄関口が見えるばかりである。
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