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亡き妻、芳野の姿があった。彼女は布団の中で身を起こしていた。
「芳野・・芳野!!」
声を掛けたが、芳野は反応しない。こちらの声は聞こえていないようだ。
一体何が起こったのだ。自分は山中の屋敷にいた筈だ。何故我が屋敷に居る?しかも亡き妻が存命中の頃に・・・?
そこにもう一人の女が現れた。芳野の妹、美野だ。美野が芳野の側に薬と湯呑を載せた盆を置き、二人で何か笑いあっている。
美野は体の弱い芳野の世話をよく焼いていた。夫である自分が戦で家を空ける度に面倒を見ていてくれていたのだ。この光景はその当時のものだろう。その美野も既にこの世にはいない。何者かに斬殺されたのだ。
美野は芳野に紙に包んだ薬を手渡している。それを口に運び、湯呑で飲み干した芳野が途端に苦し気に呻き始めた。
「さようなら、姉上」
ほくそ笑む美野を見て、全て悟った芳野が怨みがましい目で睨みつけ美濃に取り縋ろうとするが、美野はすっと後ろに下がる。やがて息絶えた芳野をそのままに、美野は姿を消した。
この後の事は知っている。医者を呼びに行ったのだ。医者の話だと、薬がもはや効かぬほどに病が進んでいたということだった。だが今見たことを合わせて思うに、医者もぐるだったのだ。
その後の美野は芳野の後を継ぐように我が妻となった。その甲斐甲斐しいまでの世話焼きぶりには周囲も妬く程であったのに、その内実、こんなことが・・・
美野が縫物をしている。俺の着物を仕立てているようだ。
「美野」
俺の声にびくりとして振り返る美野。
「旦那様・・・お早いお戻りで・・・」
突然現れた俺に驚いたのだろう。あるいは俺の殺気に気が付いたのかも知れない。硬直し、目を丸くしたままそれ以上言葉を続けられずにいる。
俺は刀を抜き、そしてゆっくり振りかざした。芳野の面影のあるその女に──
ふらふらと家を出た俺は、山道を歩いていた。いつしか峠にさしかかる。月の光に照らされた両手は、べっとりと赤黒いもので汚れていた。俺は生暖かい血に濡れる刀を首にあてがい、思うさま掻き切った。
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