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§ 源蔵
老体に鞭打って、源蔵は山道を歩いていた。息子の源作は侍になるなどと大見えを切って家を、村を出て行った。
しかし自分には分かる。あの子には侍など務まらん。鳶の子は鳶らしく、農民の子は農民として生きるのが何より無難なのだ。侍として生きるなど恐ろしいことだ。それが分かっておらぬからあの子は・・・あの侍達の口車に乗せられて付いて行ってしまった。
なぜもっと強く引き止めなかったのか。妻にも責められ、倅を追って山に入った。このままではたった一人の倅が戦場で命を落としてしまうだろう。
「もう好きなようにせい!!」
言っても聞かぬ我が子につい激怒して言い放った言葉を思い出し、今更のように悔恨の念に苛まれる。
あの小倅には人を殺すということが出来るとは思えねえ。それが出来たとして、平気でいられるほど肝が据わってるとも思えねえ。侍の世界はいい事ばかりじゃねえ。儂ら農民には分からん恐ろしい事もせねばならねえに違えねえ。
山道を提灯の明かりを頼りに進む。一体あの馬鹿はどこに行ってしまったのだろう。今夜中に見つけられなんだら、山小屋まで行くしかねえ。あそこは樵が棲んでいるが、村の者とは懇意にしてるからきっと泊めてくれる。それにしても、獣のいる気配すらねえ。こんな張りつめた空気は久しぶりだ。何か良くねえことがあったかも知れねえ・・・
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