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§ 奸計
そして次の夏、旱魃が一帯を襲った。以後三年にわたる不作続きで、餓死者が相次いだ。
周辺の村々との寄合が持たれ、川の源流たる山の神に贄を捧げなくてはならないという結論に至った。
(この村から人柱を出せば、今後引水や隠田の場所取りにも有利に働く)
そう考えた長者は、人柱を自分の村から出すことを確約した。長者が真っ先に考えたのは、千歳だった。皆が怖がるあの娘なら、両親を除いて強く反対する者はいまい。
問題は、娘をどうやって人柱にするか・・・
長者は頭を悩ませた。何せ、物ノ怪に憑かれているだの、神通力を持つだのと噂される娘である。迂闊に手を出してはこちらの身が危ういかも知れぬ。やるなら、一瞬でかたをつける必要がある。寄合からの帰路、長者は一計を案じた。
その翌日、長者は村の有力者を集め、山神様への祈りを込めて祭りを行うことを提案した。こんな時に祭りなどする余裕はないという反発の声も上がったが、長者がその真意を説明すると皆押し黙り、反対する者はいなくなった。
そして、数日後の夜・・
山の麓の神社で、祭りが催された。老いも若きも集まって、長者の蓄えていた酒や、干物や雑炊が振る舞われた。村の若者達が境内の中心に火を起こし、その周囲で酒を飲み、楽を鳴らし、謡を歌った。
宴もたけなわ、鬱屈した思いを吐き出すかのように酔いと興奮が高まった中で、長者が千歳を呼びつけた。長者は笑顔で彼女に赤い振袖を着せた。霞に松竹梅、桜や楓など、風雅な模様が贅沢に刺繍されている。
千歳は無言だったが、少し驚いたように着せられた晴れ着を見下ろした。それは長者の娘が子供だった頃に作らせた、贅沢な一品だった。
千歳の両親は突然の長者の行動を訝しんだものの、それがとても良く似合っていたので様子を見守ることにした。
その次の瞬間・・・
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