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§ 父と母
祭りの喧噪をよそに、娘を失った夫婦は小さな藁ぶきの小屋にいた。鋤や鍬の手入れをしたり、草鞋や小袖の修繕に勤しんでいる内に夜も更けてしまった。そろそろ寝ようとした頃、突然板戸を叩く音が聞こえた。
「こんな夜中に、どなたさんでごぜえますか?」
尋ねても答えは無い。だが、戸の叩き方からして子供ではないかと察した男は板戸のつかえを外し、戸をがらがらと開いた。
すると、戸口からは少し離れた場所―囲炉裏から漏れる光がどうにか届く辺り―に一人の少女が佇んでいた。
暗くて顔は良く見えなかったが、短めに切り降ろした髪、やや丸顔の輪郭、そしてあの時の赤い着物・・・
「千歳・・・千歳なのか?」
男は我を忘れて走り寄ったが、そこにはもはや少女の姿は跡形もなくなっていた。
「千歳!・・・千歳!!」
小屋から、男の妻が顔を出した。事を察した妻も、男と共に娘の名を呼び始めた。その声は、空しく夜の村に響き渡った。
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