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時間の階段
「何するのよぉっ!!」
駅のホームから階段を上がり切った場所に立っていた麻衣子は、老婆をにらんで叫んだ。
「だから、これが、お礼よ、荷物を持ってくれたお礼」
老婆はにっこりと微笑んだ。
その顔中にしわが寄る。
憎たらしいその笑顔を、平手打ちしてやりたい気持ちになった。
「早く取りに行きなさいよ、ホラ、もう誰か拾ってるわ」
階下を見ると、カラフルなトレーナーに派手なサングラスをかけた若い男が麻衣子の財布を拾ってこちらを見上げていた。
麻衣子は急いで階段を駆け下りた。
このままでは人と言う人をすべて嫌いになりそうだ。
今日は40歳の誕生日だというのに。
背中を丸めた老婆が、大きなスーツケースを持って階段を上っている後ろ姿を見つけ、スーツケースを持って階段を上がった。
気分が落ち込んだ時こそ人助けだ。
しかしその老婆は、階段を上がりきったところで突然、麻衣子のトートバッグに手を突っ込んで財布を取り出し、階段の下に投げつけたのだった。
「ありがとうね、これがお礼よ、ホラっ!」
あの老婆は認知症なのだろうか。
怒りに任せて階段を下りながら、ほんの一時間前に社長とかわした言葉を思い出す。
「来月から給料30%カットだから」
ケチという字を具現化したような社長の元で働き始めて20年。
ずっと都合よく社長に尽くしてきた。
羽振りが良かった時代は突然バリに連れて行ってくれたり、特別な日でもないのに100万円を臨時ボーナスでポンとくれたりした。
中学生の頃両親が喧嘩別れする姿を見た麻衣子は、結婚に夢など持っていなかった。
だから麻衣子は社長との恋愛を楽しみながら、日々を気楽に生きていた。
社長に子供が生まれてからも、麻衣子の愛人としての地位は揺るぐことはなかった。
学生時代はモデルプロダクションに所属していたのが自慢で、スタイルも美貌も、それなりにキープしているつもりだった。
でも、あの女が入社してきてから、全てが変わった。
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