0人が本棚に入れています
本棚に追加
珠紀は、事務所につくころには目を覚まし、人化できるまでになった。
「あのヒルコを使令にくだすとはたいしたタマだ」
珠紀がそう言って微笑む。
「ヒルコって、そんなにすごいやつなのか?」
「まあな。毒ではなくて生気を吸って昇天させた人間やあやしのものが何百といるとか。まあ、それは単なる噂で、実際は、気にくわぬやつにお灸をすえたってことのようだがな」
「その中には珠紀様も入っておられるときいたことがございます」
シロが口をはさむ。
「な…!余計なことを言うな、この、犬ころめ!」
「ははは」
紅霞が笑うと、珠紀は、「笑うな」、と言って歯をむきだして怒りの形相をする。
しかしすぐにしゅんとして言った。
「…ごめんな。私の考えなしの行動のせいでお前は…」
「ああ、この右目か。これは俺に力がなかった証でもあるが、俺が力を得たことの証でもある。俺自身誇りに思うし、珠紀も負い目に感じることはないよ」
「ああ、分かった」
「何だ、泣いているのか?」
そう言って紅霞はいたずらに笑う。
「泣いてなどおらぬ!あやしのものは泣いたりなどせぬ。妖気を無駄に放出することになるからな」
「だから人間の涙とは違う色をしているのか。お前が死にかけていた時も、黒い霧状のものがお前から出ていたな。あれが妖気なのか?」
「そうだ。人間で言う、血液のようなものだ。それが尽きると、あやしのものはその形を保てず消えてしまうのだ。だが、霧散した妖気は再び形を得て新たなあやしのものとなる。前世の記憶をひきつぐ人間の輪廻とは似て非なるものであり、それがあやしのものの世界の一つの理となっている」
「それって、あやしのものは死んだらその人格は消えてなくなってしまうってことか?」
紅霞は、ねこまたの幻夢と及川はるの一件のことを思いおこしていた。
幻夢は死んでもはるに会えないのだろうか――?
最初のコメントを投稿しよう!