はじめての運転免許証

8/10

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「ありがとうございます」 「待っているだろうから、早く行ってあげて」 「はい」 俺は軽くお辞儀をして、第5会議室に向かう。 その会議室には、イスと机があり、30人くらい座っていた。 1人で泣いている女性もいれば、笑って男女2人で話しているひともいる。 悔しそうな顔をした男性がいたり、嬉しそうな女性がいたり、表情は様々だ。 俺は、見知った顔を探した。見つけた。 かつて「人型運転免許証」だった女性が1人、座っていた。 静かに俯いている。 「待たせた、美奈子」 声をかける。 彼女は顔を上げた。 「……遅いですよー、健司さん」 俺に向けた目には、涙を浮かべている。 寄って来ると、抱きしめられた。 「……不安だったですよー」 「必ず、迎えに行くと言っただろ?」 「でも……でも……」 「……行くぞ、美奈子」 「……はい」 彼女が不安そうにしていたのには、理由がある。 この第5会議室には、人型運転免許証が待機している。 免許証更新の際、持ち主と別れて、この部屋で迎えを待っている。 3年の期間を経て、持ち主が気に入れば、迎えに来て、一緒に帰る。 気に入らなかったり、人型運転免許証自体を拒否したひとは、迎えに来ない。 17時までに迎えに来なかった場合は、また新たな持ち主の元に旅立つことになる。 そしてまた、1から持ち主との生活を築いていくのだ。 そして、俺の場合は、この3年間で彼女を気に入るどころか完全に男女関係になっていた。 人型運転免許証が持ち主を気に入った場合、一定の手続きをすると、その行為を許されるようになる。 今回は、彼女と婚姻するために、人型運転免許証の資格の解除を申し込んでいたのだ。 そういうこともあり、彼女を迎えにいかないという選択肢はなかった。 もちろん、事前に説明し、彼女に言い聞かせてもいた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加