はじめての運転免許証

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ただ、この部屋の雰囲気が良くない。 すでに迎えに行かないことを宣告されている人がいて、悲しみに暮れている。 そう、この「人型運転免許証」制度、お試し同棲も兼ねているのだ。 持ち主のことが好きなのに、相手に気に入られなかったひとは、ふさぎ込んでいる。 これは女性だけの問題ではない。 男性の場合は、強がっている顔をしているので、内心は悔しいのだろう。 もちろん、持ち主が気に入らなかったひとは、心なしか表情が明るいようだ。 更新前になって、婚約や継続手続きについての説明通知が来たので、驚くひとは驚くだろう。 ただ、俺の場合は、男女の関係が決定した時点で、彼女から聞いていたので、驚きはなかった。 むしろ、通知が来なかったらどうしようと思っていたくらいだ。 彼女と手をつないで、会議室を出る。 彼女は、受付で書類に記入して提出した。 受付の女性が、彼女に向きあって、離し始めた。 「多々良 美奈子さん」 「はい」 「晴れて、運転免許証は卒業です。おめでとうございます」 「ありがとうございますですよー」 「……で、そちらの方が、沢渡 健司さんですか?」 「は、はい」 不意に話を振られたので、慌てて返事をする。 女性は、微笑みながら言葉を続ける。 「特殊な出会いでびっくりなされたと思いますが、これも出会いです」 「はい」 「婚約届も無事に受理されました。お二人とも、お幸せに」 お礼を言って女性から離れる。 再び、美奈子の手を引いて、免許センターの出口に向かう。 ふと彼女と向き合う。 「美奈子、本当に俺でいいのか?」 「はい、アナタ『が』いいのですよー」 アナタがいい、なんて。嬉しいことを言ってくれる。 照れくさいけど、ここは挨拶しておかなくては。 「これからは、夫婦として、よろしく」 「こちらこそ、よろしくですよー、健司さん」 さあ、帰るか…… 駐車場に停めた車の方向に歩き出す。 美奈子とあんなことやこんなことをー そんなことを思い浮かべると、ニヤニヤしてしまった。
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