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健一が風呂から上がってくるのと、妻の夏生が携帯電話を切るのとほぼ同時だった。
「ケンちゃんさぁ、お盆休みどれくらい取れそう?」
片手に缶チューハイを持っているということは、仕事関係の電話ではないだろう。頭にタオルをかぶったまま、健一は冷蔵庫の扉を開けて、乳酸菌飲料の小さな容器を手にした。
「そうだなぁ、四日か五日くらいじゃない」
どうかしたら、それすらもらえないかもしれない。一昨年入社した会社は、余裕のある状態ではなかった。
去年も今年も新人は入らなかったから、健一は引き続き一番下っ端だ。正社員であることはありがたいが、残業は当然で急に休日出勤になることもある。盆休みだってどうなるかわかったものじゃない。
「よねぇ、二週間とか、無理よね」
その日数に苦笑した。本当にそれだけ休めたら、どんなにいいことか。
「イタリア人じゃあるまいし。その前に試験もあるからこれ以上休めないよ。……何?」
「お母さんが聞いてくれって。ほら、式の時に今年の盆は実家に行く約束したじゃない。あれの話」
「ああ、そういえば、お父さんが何かするって言ってたなぁ」
「それそれ、私もよく知らないけど。何かいろいろするんだって」
「二週間も?」
「それでも大分省略したんだって。本当だったら一年くらいかかるって」
「何それ」
「田舎は行事が多いからねぇ」
夏生の実家には一度だけ行った。今二人が住んでいる町から列車で行くと、八時間以上かかる相当な山奥で、夏生はその村では東の対屋と呼ばれる大庄屋の娘だ。
健一はうかつにも結婚の挨拶に行くまで、そんな旧家の娘だとは全く知らなかった。
山城のような大きな屋敷にすっかり圧倒されてしまい、周囲の様子などほとんどおぼえていないが、夏生の一族、義父母に義兄、義父の妹、その夫と娘二人まで全員が健一を歓迎してくれた。
義父は万事穏やかな飾らない人柄で、最初は「資産家だからって威張られたらかなわない」と警戒していた健一の父母も結婚式の後にはすっかり打ち解けていたほどだった。
新婚の最初の休暇を妻の実家で過すことにしたのは、そんな義父の唯一の要望だったからだ。
「お父さんの頼みだから、なんとかしたいけど……」
「無理しなくていいよ。私だって二週間もとれないから」
夏生は缶チューハイをぐいっと飲み干した。
「はあーっ、もう一本!といきたいとこだけど、我慢しとこ」
「明日は忙しそう?」
「うん、そこそこね。まぁ今がふんばりどころだから。休みなんて言ってらんないし」
一歳年上の夏生は公認会計士の試験に受かって研修中の身だ。
「そっちこそ無理しないでよ」
健一は中身がこぼれないよう、アルミ蓋を慎重にあけ、ちびりちびりとすすった。濃厚な甘さが身に染みる。
「わかってるって。それじゃあ、お母さんには二週間なんて無理だって言っておくから」
「うーん……、まぁ一応聞いてみるよ。多分駄目って言われると思うけど」
「じゃ、私も頼むだけ頼んでみるね」
空き缶をゴミ箱に放り込むと、夏生も風呂に入る支度をし始めた。
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