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一日目
健一は一人バス停に降り立った。
いつもは半休でも渋り顔の上司が、何故かこころよく希望通りの休みをくれた。
しかし夏生の上司は認めてくれなかった。
「ごめんね、絶対後で行くから、先行ってて」
いつの間にか健一が村に行く事は既定になっていたらしい。うんもすんもなかった。
こんもりと緑生い茂る、山と山の間の狭い平地に川が流れている。健一のめざす村はこの川の更に上流だ。
「車で待ってるって、聞いてたんだけどなぁ……」
川の流れは涼やかだが、日差しとアスファルトの照り返しが厳しい。蝉の声が余計に暑さを感じさせる。蝉以外の虫の声も大いにするが、どれが何の声やら健一には見当もつかなかった。
十分ほど一人でぽつんと突っ立っていると、川上の方から白い軽トラが一台現れて健一の前で止まった。
「すまんすまん、健一くん、暑いのに待たせて」
車から降りてきたのは作業着姿の義父の智生だった。てっきり義母か義兄が来ると思っていた健一は急にかしこまってしまった。
「あ、おとうさん、わざわざすみません。こ、このたびはお世話になります」
「いやいや、こちらこそ遠いところ来てもらってねぇ、それも一人でねぇ、すまんねぇ」
「いえいえいえ、僕の方こそ一人で……お邪魔しちゃって……いいんでしょうか」
「来てもらってありがたいのはこっちだけぇ。さ、大きい車で来たらよかっただけど、かあさんが急に買い忘れたもんがあるって乗ってっちゃったけ、小さいので悪いけど乗って。荷物これだけかえ?」
「ああ、おとうさん自分で持ちますから」
「ええけ、ええけ」
智生はひょいっと健一のスーツケースを持ち上げるとトラックの荷台に乗せた。
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