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健一はおそらく屋敷の中でも一番よい、庭のよく見える部屋に通された。借景というやつだろうか、遠くに村を取り囲む山々が雄大な景色を見せている。立派な庭である。ということはわかるが具体的に何が素晴らしいと褒め上げる知識も言葉も健一は持っていない。
「い、いつ見てもいい庭ですね~」
そんなお追従めいた台詞しか出てこない。それでも智生は
「庭師まかせだけぇな、俺はようわからんけど、健一くんにそう言ってもらえると嬉しいわ」
とニコニコしながらこたえてくれた。
トントンと廊下を歩く音がしてふすまが開くと、義母の永子が顔を出した。
「あら、とうさん帰っとんなったかえ。健一くんお久しぶり。ほんに遠いとこありがとうね。ちょっと待っとってね、今お茶うけもってくるけ」
「あ、おかまいなく……」
「帰っとんなったかじゃないがな大きい方乗ってってからに……、そうそうお茶うけいるなぁ」
智生はすいっと立ち上がると、部屋を出て行った。
「ほんと、おかまいなくー」
一声廊下に向かって声をかけてから、健一は小さくため息をついた。
『……二人ともいい人なんだけど……ああ、なんで一緒に来ないんだよナツオー、やっぱ、緊張するよぅ』
夏生が当たり前のように「行くんでしょ」という態度でいるので受け入れてしまっていたが、夫が一人で妻の実家に行くということの意味の無さを今更ながら痛感した。
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