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智生が立ち上がると、次は永子がしゃがんだ。永子が立ち、朝生が永子が手に持つタッパーから粉末状のものをつまんで座り、何か一つ動作をしてから粉末を火にふりかけているのが見えた。
『ああ、焼香か……』
ということは、ここは墓なのだろうか。
次々に香が回り、久香の番になるとようやく抹香をつまんだ指を鼻先におしいただいてから火に入れているのがわかった。健一も久香に従い、同じようにしてから立った。健一が焼香し終わるのを見計らって智生が火に土をかける。
火が消えるのを確かめると智生は目配せをして、また一同は列になって歩き出した。
おいていかれまいと健一も慌ててついて行く。
杉木立は次第に密度を増し、道はますます薄暗く、細くなってゆく。白い地面は次第に草に侵食され、一本の帯のように細長くのびていった。
帯の先にさっきよりずっとせまい空き地があらわれた。
そこには石も何も置いていない。ただ草が生えていないというだけの、本当に何もないただの空き地だ。少し場所の雰囲気は違ったが、やることは同じで健一が焼香し終わると、また智生の無言の合図で一列になって歩きはじめた。
その途端、カラスが一声鳴いた。
なんのことはない、どこの町にもいるような普通のカラスの鳴き声だったが、健一の心臓は跳び上がった。思わず後ろを振り返りそうになって、久香の言葉を思い出した。
「振り返っても、いけんよ」
我に返ってまっすぐ前を向くと、久香の後姿が木々の間に消えそうになっていた。何故だか、久香の姿を見失ってしまうとこのまま一人取り残されるような気がして、声をあげそうになった。
「声だしちゃいけんよ」
そうだ、声も出してはいけないのだ。のどから出かかる叫びをぐっと飲み込んで歩を速め、やっと久香に追いついた時は息が荒かった。
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