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頭を下げてカップを棚に戻す。「では失礼します」と挨拶をしようとしたところで、院長が悪戯っぽい視線を向けてきた。
「じゃあ今夜は俺、久坂先生と飲んで帰るからさ」
えっ、と固まってしまっている僕にウィンクをしながら「大丈夫、彼も嫌がってないよ」と笑いを含んで奥さんへと返した。
「ホント。全然」
クスクスと笑う。
彼のこういう強引な処、奥さんにはお見通しなのだろう。
そっと密かに吐いた溜め息と同じモノを、奥さんも今頃零しているのかもしれない。
しばらくの問答の後、彼は上機嫌で電話を切った。
「さっ。行くか」
恨めしげな僕の視線を受け、楽しそうに笑いながら「大丈夫」と言ってのける。
何が? と眉を寄せると、「俺の奢りだ」と続けた。
――そーいう事言ってんじゃないでしょーが。
「あのね、先輩」
呆れ気味にそう言うと、コートを羽織った彼は「ん?」と首を傾げ、立てた指で車のキィをチャリチャリと回した。
「――まさか。車で行くつもりなんじゃ……」
「そうだよ。悪い?」
「……僕、帰ります」
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