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言って、彼の唇の端が腫れ、血が滲んでいるのが目に留まる。
僕の視線に気付いたのか、照れ臭そうに頭を掻き、苦笑を浮かべた。
「殴られて、家、飛び出しちゃった」
寒さで赤くなった鼻を軽く啜る。
「……あー、お父さんって、厳しい人なのか」
「――あんなの。親父なんかじゃねぇよ」
その時だけは無邪気な彼の瞳が、怒りを含み、大人びた光を放った。
「でもこんな時間だし、心配してるんじゃない?」
「……あのハゲが帰ったら、俺も帰る」
「え? 本当にお父さんじゃないの?」
「ああ、うちは『母子家庭』ってヤツなんだ。今家に上がり込んでんのは、母さんがママ任されてるスナックのオーナー。兼、不倫相手」
「あー……」
なんと答えていいか判らず、曖昧な、返事とも言えない声を発した。
「そうだ。よかったらウチで時間潰す?」
思いついて、そのままを口にする。もしかしたら、1人でいたくなかっただけなのかもしれない。
しばらく呆気に取られていた彼は、次の瞬間、嬉しそうに破顔した。
「いいの?」
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