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そんな表情をされたら、例え口先だけで言った言葉だったとしても、「やっぱりウソ」だなんて言えない。
勿論、口先だけで言った言葉なんかではなかったけれど。
彼と本格的に言葉を交わしたのは今日が初めてだったが、今までも朝エレベーターで会うと「おはようございます」と自分から挨拶をし てくる、好青年だった。
だから印象は悪くないし、こうして『タメ口』が自然と出てくる性格も、嫌いではなかった。
「いいよ。散らかってるけどね」
言いながらオートロックの鍵を開け、エレベーターへと乗り込む。そうして6階のボタンを押した。
「そう言えば、藤堂君は何階に住んでいるの?」
「12階」
ぶっきらぼうに答えられたそれは、このマンションの最上階で、3つしか住宅がないフロアだった。
「へえ……」
――お金持ちなんだな。
素直な感想は、心の中だけで呟いておく。それを口に出してしまえば、一瞬にして彼に嫌われてしまう程の威力を、その言葉は持っている気がした。
コの字型の廊下。その1番奥の自宅に鍵を差し込む。開けた玄関内は、勿論真っ暗だった。
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