星の降る丘

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久し振りにあの場所に行こう。蒸し暑い風が変わり、涼しげな風が吹く頃、私は不意に思った。 あの場所を見たい。あの景色に触れたい。風を受け、服に風を溜め込みながら、私は自転車を走らせた。 やがて私は自転車を漕ぐ足を止め、自転車から降りた。道の隅へと自転車を止めると、ゆっくりと、丘へと目を向けた。 嗚呼……この場所はいつ来ても美しい。私は目を閉じ、大きく息を吸った。 ここに来る者は私ぐらいしかおらず、丘は、静かだ。若々しい緑色の草原。藍色の絵の具を淡く塗ったかのような空と、散りばめられた銀色の星だけがだだっ広く広がっている。 左の手を枕代わりにし、草の上に寝転んだ。視界一杯に藍色と銀の風景が広がった。 私はゆっくりと、手を伸ばした。高く……高く。藍色の空には、銀色の空の宝石が瞬いている。その伸ばした左手は空をきった。夜空の宝石をこの手に取ってみることはできない。 距離が遠く、どんなに手を伸ばしたとしてと掴むことは叶わない。そんな事は、百も承知である。しかし……こんなに綺麗な宝石だ。一つくらい近くで見せてくれても罸は当たらぬだろうに。 私は馬鹿者なのだろう。出来もしない事を望んでいるのだから。だが……それでも、手に取って見てみたい……そう思うのは、間違っているのだろうか。側からみれば、私の姿は滑稽に映るのかもしれぬ。それでも、私は強く願うのだ。強く……強く。 遠くで、鈴虫のような鳴き声が聞こえる。草を駆ける風の音。藍色の空を、ゆったりと雲が流れていく。涼しげな風が、私の頬を優しく撫でた。 嗚呼……今、私は、この丘の一部となっているのだ。安らかな気持ちで、瞼を下ろした。 風が心地良い。 「お兄さん、お兄さん、起きて下さいな。」 鈴を転がすような、美しい声。私は重い瞼を開く。私の目に最初に映ったのは、美しい女だった。 「お目覚めになりましたか。」 そう女は静かに微笑んだ。腰まで伸ばした、黒髪の美しい女だ。どこか懐かしい思いが心の中に広がっていく。しかし私は、幾ら記憶を掘り起こしても、この女に見覚えなどない。
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