ナンダカンダで緑の夢を

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 幸村ムツミは、ボヤけた視力で目の前に広がる砂漠を見た。遠くには背の低い木が生えているように一人の男が立ち、その前に一人、膝まずいてこちらに顔を向けている男が見えた。ムツミは、度の入っていない緑に縁どられたメガネをかけた。そして砂に足を取られながら一歩一歩進んでいく。風は止んでいる。いや、これから吹き荒れる気配を、ムツミは目の奥、脳に繋がる視神経で感じていた。  銃を構えている男はムツミを認め、何か怒鳴った。ムツミは「こんにちわ」と返した。男はまた怒鳴った。どうやらアラブの言葉らしい。ムツミは「サラーム・モンスーン」と挨拶した。男からはまた言葉が返ってきたが、何を言ってるのかは分からない。けれどムツミは事前に聞いていた。男は多分、「止まれ、コーランを唱えろ」と言っているのだ。ムツミは立ち止まり、目をつむって手を合わせた。手を合わせることは、祈りのポーズだ、とムツミは思った。そして目を開き、ムツミは立っている男をまっすぐ見た。東京ドームのステージを一番後ろから見るような距離にいる男は、後ろに弾き飛ばされ、弾みで男が撃った弾丸は空に放たれるのが、その瞬間だけくっきり見えた。放たれた弾丸さえも。それは、わずかな飛距離を描いて地に落ち、砂に埋まった。 「地雷じゃないから、そのままにしておいていいかな」  ムツミは確認するように呟いた。銃の音に驚きはしたが、それよりも、この自分の瞳にこめられた優しい人たちの想いに感動した。  ムツミは生まれながらに弱視だった。ムツミの両親は、ムツミが生まれて五年後、治すことを諦め、代わりにムツミが不自由の無い環境にいられるようにあちこち走り回ってくれた。ムツミの両親はそのために働いているようなものだった。  十七歳になったムツミは、あるとき自分の目から涙が流れているのに気がついた。悲しいわけでもなく、嬉しいわけでもなかった。それはとめどなく流れ、三十分以上も続いた。その涙が全部流れたとき、ムツミの両目は完全に見えなくなった。けれど瞳自体は温かいもので包まれ、目を開くことはできた。ムツミには分からなかったが、そのときムツミの傍にいて、ムツミの異変を心配した飼い犬のナンダは、見えないムツミの瞳に見つめられ、その場で仰向けになってヘソを出し、気持ちよさそうに寝始めた。
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