〈先生〉の眼鏡

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 そこにあると信じて疑わなかったので、「それ」をつかみ損ねた手は、虚しく空中を切った。 「……おや?」  清水慶士郎(しみず けいしろう)教諭は、思わず声を上げる。  眼鏡が、無い。  ない、ナイ、無い、眼鏡が無い、と首をひねりながら教科書や採点済みの答案用紙、藁半紙のプリントなどが積み重なった机の上を探す。  すると同僚の堀田(ほった)教諭が胡乱げに近づいてきた。 「どうかしたんですか、清水先生」 「堀田先生。いや何、眼鏡が見当たりませんでね」 「またですかぁ?」  堀田の顔に、あからさまな侮蔑の色が浮かぶ。彼は鼻を鳴らし、 「これで何度目ですか。またてきとーにそこらに置いたんでしょ」 「確かにここに置いたはずなんですがねぇ」  清水が眼鏡を外したのは、つい二分ほど前のことだ。  効きすぎる空調のせいかどうにも頭がすっきりしないので、気分転換に顔を洗おうと愛用の老眼鏡を外したのである。  洗面台は職員室の隅にある。すぐそこの距離だ。
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