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俺の兄は二人いる。久芳 佳親(くば よしちか)は、兄と言っても二十二歳離れていた。もう一人の兄は、久芳 征響(くば まさき)二歳年上の兄で、中学三年生であった。征響は頭もいいが、運動能力も高く、中学サッカーで全国大会にも行っていた。征響は、近所の自慢の子供であり、皆に期待され、その期待を裏切ってこなかった強い人であった。
その征響のチームメイトたちが、明日は久芳家に集まって、クリスマス会をやると言っていた。だから明日は、俺は家にいないほうがいい。
征響は弟など必要としていない。
雪の中を歩いていると、吹雪が弱まってきた。やっと前を見られると思ったら、足元に何か動いていた。
「何だ、鹿兎?」
耳が角のような兎が、雪の中を歩いている。怪我だらけの兎だが、必死に登っていた。
「一緒に行くか」
兎を抱えて登るというのもあるが、こんなに必死なのに、それは失礼だろう。この兎も、何か事情があって、必死に歩いている。
「あの、もう少し早く歩かないか……」
兎の無言に、俺は少し笑う。無言ではない、聞こえてはいるのだろう。耳は動いている。しかし、俺を見上げた目は、冷たかった。誰に物を言っているのだという貫禄さえある。
「すいませんでした」
俺の方が謝ってしまった。
兎と歩いていると、寺まで一緒であった。
「何だ、お前も墓参りだったのか……」
兎も墓参り仲間であったか。寺に到着したのはいいが、母が眠っている場所が急斜面で、しかも、階段が雪に埋もれていた。一段一段確認しながら登ると、横の道に入ろうとして、激しく滑った。
「結構、難所……」
母は、どうしてこんな斜面に墓を希望したのであろうか。線香に火を付けようとしたら、転んだせいか、線香がバキバキに折れていた。
「…………」
仕方がないので、線香を組んで置き、そこに火を付けてみた。やや、小型のキャンプファイヤーの状態であった。
「母さん、どうにか、暮らしているよ。兄貴が引き取ってくたしね、友達もできたよ」
墓の雪を払っていると、遠くに青空が少し見えた。
「学校も凄い所なんだけどね、かなり慣れた。あと、腹の傷、悪化して入院したよ」
一人で喋っていても、返事は来ない。俺は、今度は黙って墓の横に座った。
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