1/7
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

太陽が真上に昇る頃。休日のこの時間は、私はいつも一人で台所に立つ。 トントントンッ 小気味良いリズムで包丁を鳴らして、玉葱を刻んでいた。 「きゃーーーーっ」 その悲鳴にも似た叫び声に、私は一瞬振り返って微笑んだ。 「ママー、パパがいじめるー」 「そんなことないよー、ママ。杏理と遊んでるだけだよー」 リビングからそんな声が飛んでくる。いつも夫が少しからかい過ぎて、杏理はたまに涙目になっていることさえある。それでも杏理は、休日しかゆっくりできない夫の傍に寄っていく。ころころとじゃれ合う猫みたいな二人の様子は、どんなBGMよりも心地がいい。 「パパ―、あんまりいじめちゃダメよ」 台所からそう声を掛けると、杏理が「ほら、ママに怒られるよ、パパ」なんて可愛らしいことを言っている。それを聞きながら口元に笑みを滲ませて、私はもう料理を再開していた。 「杏子(きょうこ)、やっぱり何か手伝おうか?」 奥から母が顔を出す。 ずっとこの台所は母のものだった。私が成人する頃に離婚をした母との二人暮らしの間も、ほとんど食事の支度は母に頼りっきりだったから。結婚を決めて、我が家での母との同居を決断してくれた夫に感謝していた。 「いいよ、お母さんはゆっくりしてて。あんまり腰も良くないんだから」 少しだけ腰の曲がった母の姿に、昔のてきぱきと家事をこなしていた頃を思うと少し切なくなる。料理の上手な母。 「お母さんに教えてもらった料理、いつもひろくんに褒められるんだ」 何を食べても「美味い、美味い」と食べてくれる夫が、とくに喜んでくれるのは、母の教えてくれた炊き込みご飯だった。鶏肉と人参と牛蒡と生姜。たまに舞茸やしめじを入れると香りが変わってまた楽しめる。少しお醤油を垂らすと、炊いている最中に香ばしい匂いが部屋を包んでいくのだ。 出来上がった料理をお皿に盛りつけていると、夫と杏理が台所を覗きに来た。 「お、今日はオムライスだぞ、杏理」 「やったー」 杏理はオムライスと鶏の唐揚げが好きなのだ。唐揚げは母の直伝で、これも夫の好物。 「じゃ、パパとリビングに運んでくれる?」 腰を屈めて杏理の頭を撫でる。杏理は嬉しそうに元気に返事をして、少しハラハラする足取りで慎重にお皿を持っていった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!