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小学校の入学式の前日、初めて杏理の髪をばっさりと切った。ずっと伸ばしていた髪は、お尻くらいの長さまで伸びていた。生まれてから今までの時間を振り返りながら、「新しい門出だものね」と言いながらハサミを入れていった。 「かどでってなにー?」 呑気に聞き返す杏理に少しだけ考えてから、 「んー、これから楽しみだねってことだよ」 と答えた。すると、やっぱり嬉しそうに「うん!」と大きく頷くから、危うく髪を切り過ぎそうになって慌ててしまった。 入学式当日は、仕事が忙しくなった夫もちゃんと出席してくれて、三人で校門で写真を撮った。その写真を、居間に飾ってある結婚式の写真の隣に置く。もう大人のはずなのに、私たちの成長記録でもある気がして、つい少しの間眺めてしまっていた。 「ふふ、親の顔してるね、私たち」 「もう杏理が生まれて6年だからな」 「結婚してからも、6年だね」 私がそう言って微笑むと、夫も同じように笑って頷いた。 その日は、珍しく二人で晩酌をした。普段、私はあまりお酒を飲まないから夫だけがする晩酌。月夜が柔らかい光を窓からのぞかせていた。 だんだんと年月を重ねるにつれて、夫は仕事の付き合いで帰りが遅くなることが増えた。役職が付いたのもあるのだろうと、それを詮索するつもりはなかった。 夕食の買い物を、だから杏理と二人で行くことが多くなる。夕焼けに染まる街の景色に溶け込むように、二人で手を繋いで歩くのが好きだった。 カンカンカン… 踏切のところで、ちょうど電車が来る。遮断機が下りてきて、杏理の手を少し強く握り直した。カサッと反対の手に提げた買い物袋が音を立てる。 「ママ、今日パパ早くかえってくるかなー」 「パパはお仕事が忙しいから、夕飯はおばあちゃんとママと三人かな」 「そうなんだー。さみしいね」 「寂しいね。だから今度のお休みには、いっぱい甘えちゃおっか!」 「うん!」 杏理がジャンプするのに合わせて腕を持ち上げると、「たかーい」と喜んで何度も繰り返し飛び上がっていた。橙の明かりが私たちの影を長く伸ばして、もうすぐ夜が来ることを知らせていた。
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