第1章 藤川君

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「今日俺の誕生日なのにさ」 試着中だったメガネのタグが、思いっきり揺れた。 「藤川君も今日誕生日なの?」 「え、野山も?」 「うん」 何だか運命すら覚えてしまった。 藤川君も、ものすごく驚いていた。 「そうなんだぁ。生まれた時間は?」 「時間?」 「そうだよ、何時何分に生まれたの?」 正直、良くは覚えていなかったが、前にお母さんと話していて、 何となく話題に上がったことがあった。 予定日が終わる寸前に、陣痛が来て、予定日ピッタリに、 ギリギリに生まれてきたから、この子は、律儀で真面目な子なんだねぇ、 と看護婦さんが感心していた、なんて言っていたっけ、そういえば。 「23時くらいかなぁ」 「じゃあ、俺の方が兄貴だな」 藤川君はそう言って微笑んだ。 でも、メガネを選ぶスピードは一向に緩まない。 私の試着はだいぶ遅れ、メガネが渋滞していた。 あわあわと、鏡を見ていると、 突然、藤川君が「それいいじゃん」と言った。 「そ、そうかなぁ……」 私は自信なさげにそう返した。 「今、着けているやつが一番良いよ」 藤川君は無邪気な笑顔を浮かべた。 「じゃあこれにしようかなぁ」 「そうしなよ」 「うん」 お礼を言おうとしたが、藤川君は、私の方をもう見ていなかった。 「丁度、おばあちゃん終わったみたいだ」と、 私が止める間もなく、藤川君は手を振り、足早に去っていった。 藤川君推薦のメガネを片手に お礼を言い損ねてしまったと、果てしなく落ち込んだ。
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