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そうして完成させたレポートを提出しに廊下へ出て、給湯室の前を通りかかった時。
ふと、流しの横にメガネが置かれているのが目に入った。
「忘れ物? それにこのメガネ……」
手に取ってマジマジと眺めてみると、何だか見覚えがある。
そこへ慌てた様子で給湯室に一人の女子社員が駆け込んで来た。
「わ、和久井くん!? そ、それ」
「あ、やっぱり。これ菊川さんのだったん……」
その瞬間、俺は「え!?」となった。
菊川さんは余程慌てていたのか、いつもはきっちりと纏められている前髪が、乱れて下りてしまっている。
何よりメガネなしの菊川さんのその素顔と来たら……
(な、なんだとぉ!? どストライクぅぅう!)
いつもの毅然とした態度は何処へやら。
おどおどと怯えるその姿は、まるで追い詰められた小動物のよう。
「菊川さん、もしかしてだけどこのメガネって伊達……」
「お、お願い和久井くん、その事誰にも言わないで!」
皆まで言おうとして、その言葉を遮られた。
「え、何で? 実は視力もいいんでしょ? だったらメガネなんて掛けない方が……」
「と、とにかく! 誰にも言わないで……お、お願い」
俺は少し考えて「うん、いいよ」と返事をした。
ほっとした彼女の顔もまた愛らしいではないか。
単にメガネを掛けてひっつめ髪にしただけで、人の容姿がここまで変わるとは。
「だけど、黙っててあげる代わりに今日の業務後、ちょっと俺に付き合ってくれる? それが条件」
菊川さんは一瞬にして悲しげな顔になると「分かりました……」と小さく呟いた。
何このギャップ! ますます萌える!
そうして俺が菊川さんにメガネを返すと、俯き加減になってメガネを装着。
その顔を上げた瞬間、菊川さんはもういつもの彼女に戻っていた。
「定時後、なるべく人目に付かないよう、あなたは先に出て駅前のコンビニで待っていて下さい。では早く業務に戻って」
「あれ……あ、はい……」
あまりの変わり身の早さに、俺は一瞬呆気にとられてしまった。
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