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涼夏は立ちすくんだ。男の顔はよく見えない。ただ、真夜中の神社と相撲の行司という組み合わせがとても奇妙で怖くて、どうしたらいいかわからなかったのだ。
「どうした、黙っていてはわからぬぞ」
男が一歩こちらに近寄ってきた。おかげで、少し男の顔立ちがわかった。
暗い中でもわかる、鼻筋が通った、外国人のように彫りの深い整った顔の男であった。涼夏は、母親と観た外国のファンタジー映画を思い出した。こんな顔の魔法使いが出てきたような気がする。
急に怖くなって、涼夏は彼に背を向け駆け出した。
「待て!」
おばけだ、ばけものだ。お相撲の行司さんなんかじゃない、行司さんがこんなところにいるはずない。おばけだ、妖怪だ。神様の木に触ったから、バチが当たったんだ。怒った神様が、妖怪をよこしたんだ。涼夏はそう思いながら、一心不乱に駆けた。
「待て! 山に迷うぞ!」
涼夏はその声を無視した。本能的な恐怖にかられ、必死になって逃げる。真っ暗闇の山の中に飛び込むのは怖かったが、ばけものと一緒にいるのはもっと怖かった。
「待て、そちらは崖だ!」
男の声が聴こえた瞬間、涼夏の足が滑った。声をあげる余裕もなく、急角度の斜面を小さな体が滑り落ちていく。茂みの木の枝や地面の石などで体中が痛い。死んじゃう、と涼夏は思った。
そのとき、大きな鳥の羽音がして、涼夏の体がふっと空中に浮かんだ。
恐る恐る目を開ける。
「怪我は……うん、しているな」
目の前に男の顔があった。
涼夏はとっさに男を突き飛ばそうとした。しかし、男はしっかりと彼女を抱きかかえると苦笑した。
「落ちるぞ。落ちたら、今度こそ命はない。命が惜しければしっかり捕まっていろ」
そこでようやく、涼夏は男が自分を抱きかかえて空を飛んでいることに気がついた。男の背には、大きな黒い羽が生えている。
やっぱり、この人妖怪だ。
小さな体いっぱいに恐怖があふれる。涼夏は怖さと痛さで泣き出した。
「ごめんなさい……ごめんなさい……助けて……わたしが悪かったの……」
「ああ、泣くな……と言っても無理かな……」
困ったように男が言う。
「……無理だろうなあ……」
男はため息をついた。
「よい、とりあえず、今はおれにしっかりつかまっていろ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ああ、もうわかった、わかったから、おぬしが謝ることはない
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