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衣掛山奇譚 サンプルその2
「ここは人の世にあらず」
狐耳の少女たちが、あるときこう教えてくれた。
「われらは人の子にあらず」
「われらは皆、おさき、という名」
「われらは皆、おさき」
歌うように話す声は、慣れるとなんだか面白い。涼夏はおさきたちに色々話を聞くことにした。みさきの君やみやびに聞いたほうが早いとは思うのだが、質問したところで、ふたりはなんだかんだと答えをはぐらかしてしまう。その点、おさきたちは上機嫌で、にこにことしながら教えてくれるのだった。
「その子も、おさき」
少女たちは、涼夏の足元にまとわりつく二尾の狐を指して言う。
「一番小さな、すえのおさき」
「じゃあ、この子も大きくなったらみんなみたいに人の姿になるの?」
「なる」
「あと何百年かは待たねばならぬがの」
ふうん、と涼夏はかき氷を食べた。おさきたちは、これを「けずりひ」と呼んでいる。かける蜜はあまり甘くないが、それでも暑い日に軒下でおさきたちと並んでこれを食べるのは楽しかった。
「わたし、家に帰れるかなあ」
「さあ」
「それは、みさきの君とみやびさま次第」
「でもあのおふたりは、帰すおつもりではなかろうかの」
「うむ。手元に置いておきたいのであれば……のう」
おさきたちは顔を見合わせ、くすくす笑う。涼夏は詳しく聞きたかったが、同時に詳しく聞くのも怖い気がして黙ってかき氷をひとさじ口にはこんだだけだった。
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