探偵の唐突な訪問と、それに先立つ出会いの回想

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 薄闇と先も見通せない濃い霧に覆われた石畳の道を一台の馬車が大急ぎで駆けて行きます。周囲に立ち並ぶ煉瓦造りの建物にも車輪と石畳のぶつかり合う激しい音を響かせていますが、それ以外に何の音もしないのはまだ日も昇らぬ朝も早い時間だからでしょう。  馬車はそのまま速度を落とすことなく街を抜けていきます。どうやら街外れの緑豊かな邸宅地を目指しているようでした。  そして、ようやくお日様も木々の間から顔をのぞかせ始めた頃、馬車はある一軒の大きなお屋敷の前でやっと速度を緩めました。 「やあ、無理言ってすまなかったね。これ少ないけど」  馬車から降り立った青年は御者にコインを握らすと、大きく息を吐いてその手入れの行き届いた広大な敷地を見渡しました。そして今度は大きく息を吸い込むと何か決心した面持ちで建物の方角へと足を踏み出します。 「いらっしゃいませ、トミー様。ところで、こんな朝の早くに何か御用ですかな?ティータイムの招待にしては少し早すぎるご様子ですが・・・」 「はぐらかさないで貰えますかコールさん。要件は分かっているんでしょう」  青年を丁重に迎えた執事長は役職の割にまだ若いようでした。しかし、それもそのはず、この大きすぎるお屋敷に暮らす住人は一人だけで、執事はその一人の為だけに仕えているのでした。 「そうは申されましても、私にはさっぱり・・・」 「あなただって知っているでしょう。ロンドンの街を騒がしているあの連続殺人鬼を。人々はそいつの噂話ばかりしているし、新聞だって連日ヤツについての記事ばかりだ」 「ああ、確か切り裂き・・・ジャック・・・?だとか申したのでしょうか・・・」 「そうです。今朝早くにそいつに殺された四人目の遺体が発見されました」 「それは大変痛み入りますな」  こう言いながらも執事は少しも残念そうではなく、逆に表情には薄っすらと笑みさえ浮かんでいるように青年には見えました。 「成程、探偵であるアナタがその殺人鬼を捕まえようと躍起になっているということは分かりました。しかしどうしてそれがこの屋敷を訪ねる理由となるのかやはり私にはさっぱりと判らないのですが・・・」  その時です。執事の言葉を遮るようにして彼の後方の扉が開かれました。
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