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モリスは事務所の扉をノックしました。しかし、中からの応答は一切ありませんでした。
「残念ですがお嬢様、どうやらトミー様はご在宅でないようです。突然の訪問でしたから致し方ない事ではございますが」
狭い階段を上った廊下の先、目立たない書体で書かれた『探偵事務所』の看板の前にたたずんだ少女は一つ小さな溜息をつきました。その後ろではかしずく様に控えた執事が、そんな事とは別に廊下に敷かれた絨毯の埃で彼女の裾が汚れないかの方が随分と気になっている様ではありました。
「そうみたいね。だけどまた出直すのも面倒だわ。どうせなら、今晩はこちらの近くに宿を取って、また明日の朝にでも出直しましょうか」
そうモリスが言いかけた時、彼女らの後ろの階段の下から窮屈そうに大きなお腹を揺らした紳士然とした男が現れ、扉の前のモリス達を見て驚いた様に目を丸くしました。
「おや、これは可愛らしいお客さんだ。何だ心配していたが、トミー君の所も案外繁盛しているみたいだな」
「失礼ですがアナタは?」
気安く話しかける男に、コールは少女との間に距離を空けるよう体を滑り込ませました。
「ああ、これは申し遅れた。こう見えても私ロンドン警察で警部をしているハーバーという者だ。ところで君達は依頼人というやつなのかな?」
「はい、トミーさんにご相談したい事があってこちらに参ったのですが、どうやらお留守みたいで」
モリスの言葉には少々の嘘も混じっていましたが、咄嗟にそう答えました。
「え、トミー君いないのかい。参ったな、ここで彼と会う予定になっていたのだが、まださっきの現場というやつに手間取っているのかな?」
「さっきの現場ですか?」
その言葉尻を聞き逃さなかったモリスはその恰幅のよい男に向かって一歩前進しました。
「警部さん、もしトミーさんの居場所を知っているなら教えて頂けませんか?」
そして、まるで涙でも浮かべているような表情を作ると警部を見上げ、さも困っている様にこう言いました。
「どうしても、至急、彼にご相談したい事があるのです」
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