またねをもう一度

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 「またね」  怜子はあの時、そう言って電話を切った。くすりと微笑みまじりに俺に別れを告げた。思い出すだけでまた怜子の声を聞きたくて仕方がなくなる。そんな俺を怜子はどう思っているか、知ることは出来ないだろう。  怜子はもう、ここにはいないのだから。  午前2時のアパートの一室。俺は眠れずにいた、また、テーブルに置かれたカセットテープに手を伸ばす。  「またね」  繰り返し聞くと思い出す。どうしてああなったのか。わかってる。悪いのは俺の方だ、別れる事になったのも......。 だけど、何を言っても怜子は口を開いてくれない。話しも聞いてくれない。目も合わせてくれない。俺のことを恨んでいる。時間はもう、戻って来ない。  「またね」  部屋を片付けると、大切なものが入って来ると本で読んだことがある。俺の部屋には、もう何も入って来ない。怜子以外、大切なものは俺にはなかったんだ。  それを、俺は自分の手で壊してしまったんだ。  壊したものが自分にどれ程大切な存在だったのか、思い知らされた。別れた時や、怜子のものを処分した時。ものは幾らでも処分出来るが、最後に気持ちだけが残り、本当は愛していたんだと気付かされた。  「またね」  怜子のことばを聞くと、もう無理だと知りながら声を聞きたくて聞きたくて、仕方がなくなる"今日でもう最後にしよう"と思ってもカセットテープに手が伸びる。 不思議なもので、たった三文字が、俺にとっては子守唄になり、鎮魂歌になり、ララバイにもなり、奇妙な安らぎを与えてくれる。癒されることを許されない人間に。  俺のしたことは、それほど重いものだった。
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