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ナイトフォールド公爵の子息に婚約者が決まったことは、数多の令嬢達を好奇と心痛に陥れた。
ナイトフォールド公爵は若くして父の位を継ぎ、その昔は大公であった大家という輝かしい位に加え、見る者全てを惹きつけずにはおけない立派な容姿であり、令嬢達の密かな片恋の相手だった。
この人物の婚約者になる女性は名実共に栄華を極め、幸福をも極めると思われた。
「それでお相手はどなたですの?」
アンヌもナイトフォールド公爵ロベルトに熱烈に恋をしていた。
オペラの幕間で初めて会って以来、ずっと報われない片恋に悩んでいた。
「ビクトリアさんよ。ハリスツィーズの。」
ベラは好奇心に目を輝かせながら言った。
ベラはノルウィグ子爵が主催した晩餐会で初めてロベルトに紹介された。
その姿を忘れられずにはいられず、ロベルトに関する噂は聴き漏らすまいとしているのだった。
「まだ新聞には載っていないけれど。」
ジュディスが言葉を引き継いだ。
ジュディスは宝石店でロベルトを初めて見た。
言葉に苦々しさが混じっているのは、ハリスツィーズくらいの家なら自分の家の方が格上なのに、という口惜しさからだった。
何故ミス・ハリスツィーズことビクトリアが婚約者として定められたのかは想像に難くなった。
ナイトフォールド公爵が令嬢達の熱い視線を集めていたとしたら、ビクトリアは紳士達の思慕の対象となっていたからだ。
「顔だけで釣ったも同然でしょう。」
ジュディスの毒々しい言葉にベラはクスリと笑った。
「あれだけのお家柄の夫人になるのには見栄えが劣ってもいけないものね。」
ティーカップを手に、アンヌは人知れず懊悩し、ベラは五月の晴れやかな天気に機嫌が良かった。
ジュディスは誇りを傷つけられ、ビクトリアの幸福を妬んだ。
「家で作らせた薔薇のジャムはいかが?」
この茶会の主催者のベラが二人に勧めた。
「美味しく出来上がっているわ。」
うわのそらでアンヌは答えた。
ジュディスは無言でこの婚約が持つ意味を考えるのに急がしかった。
どう考えてもわたくしのほうが相応しいわ。
アンヌはアンヌでこの晴天の霹靂のような報せに衝撃を受けていた。
ベラはそんな二人の様子を面白く眺めていた。
これはただごとでは済まされないわ。
嵐の種はここだけではなさそうね。
「お二人ともハリスツィーズから招待は受けましたの?」
婚約のお披露目の晩餐会だった。
「きっと楽しいでしょうね。」
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